寄席の木戸あいて春めく日なりけり
寄席の客席は映画館や劇場とちがって真っ暗ではない。薄明かりのなかで、白昼から三味線が鳴り、鉦太鼓が響き、亭内には赤い提灯がずらり。そのうえ笑いが絶えない。こんなスペースは他にはない。寒さがゆるんでくる時季になれば、亭内の空気も一層やわらいでくる。客の身なりも然り。以前ならば、「らっしゃいー」という木戸番の爺さんの威勢のいい声が、雰囲気を盛りあげていた。木戸をくぐれば、笑いもどこやら春めいてやわらぎを増し、高座の演し物も春にふさわしい噺がならぶ。いつも楽屋入りしている落語家が、木戸をあけて出入りする客にふと春めいた気配を感じとったのだろう。「さて、今日あたりは『長屋の花見』でも伺うか・・・・」とか。高座にも客席にも、ぬくい空気がふくらみを広がってくる結構な時季である。楽屋でも春めいた洒落が立ったり座ったりしているにちがいない。掲出句はそうした“春”をさらりと詠んで、屈託ない。九代目扇橋は名人桂三木助(三代目)に入門した。句歴は古く、すでに小学校6年生の頃に運座に参加して、商品に団扇や味噌をもらったりしていた。十代で「馬酔木」に投句。秋桜子編『季語集』には「溝蕎麦の花淡し吾が立つ影も」「山吹に少女の雨具透きとほる」の二句が収載されている。俳号は光石。現在、東京やなぎ句会の宗匠。俳句については「喜び、悲しみ、笑い、叫び、怒り、憎しみ、たわむれ――すべてをすっぽり包み込んでしまう俳句は、本当に偉大な風呂敷である」と書く。今も元気でまめに寄席に出演し、飄々とした枯淡の味わいが、独自の滑稽味をにじませている。
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