マルクスが『資本論』で用いた方法は、資本主義社会全体の混沌とした現象全体の中から分析によって次第に単純な概念へと到達し(その最も基本的な概念が『資本論』では「商品」だった)、叙述にあたってはその単純な概念を展開して「後もどり」を行い、再び資本主義社会の全体像を再構成する、というものである。
「表象された具体的なものから、ますますより希薄な抽象的なものにすすみ、ついには、もっとも単純な諸規定にまで到達するであろう。そこからこんどは、ふたたびあともどりの旅が始まるはずであって、最後に再び人口にまで到達するであろう。だがこんど到達するのは、全体の混沌とした表象としての人口ではなく、多くの諸規定と諸関連をともなった豊かな総体としての人口である」(マルクス『経済学批判序説』)。
これがマルクスが『資本論』で用いた「上昇・下降」と言われる方法、ヘーゲル弁証法の批判的継承とされているものの核心の一つで、その方法の核心は、唯物論を基礎とする分析と総合による分析対象の全体像の再構成である。『資本論』のサブタイトルが「経済学批判」であるのは、当時の主流であった古典派経済学とそれを受け継いだ経済学(マルクスの謂いによれば「俗流経済学」)への批判を通じて自説を打ち立てたからである。
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マルクスが『資本論』において、古典派を批判したその中心点は、古典派が資本主義社会が歴史的性格を持つことを見ずに、「自然社会」と呼んで、あたかもそれを普遍的な社会体制であるかのように見なしたという点にある。すなわち資本主義社会は歴史のある時点で必然的に生成し、発展し、やがて次の社会制度へと発展的に解消されていく、という「歴史性」を見ていないというのだ。
マルクスは『資本論』第1巻の「あとがき」において、このことをヘーゲル弁証法に言及しながら、こう述べた。「その合理的な姿態では、弁証法は、ブルジョアジーやその空論的代弁者たちにとっては、忌わしいものであり、恐ろしいものである。