天ぷら屋(専門店)
寿司屋に似てカウンターの前に種の入ったショーケースがあり、職人が目の前で揚げて熱い揚げたての天ぷら(サクサクとした軽い衣を食せるように)を客へ提供する。関西では調理場であげたものを出す。
お座敷天ぷらとは、職人が座敷で揚げる天ぷらのことである。 食卓にコンロ(または電磁調理器)と天ぷら鍋を置き、次々と衣を着けた天ぷらを揚る。何人かで取り囲んで鍋料理のように食べるオイルフォンデュ形式もあり、これを「お座敷天ぷら」と呼ぶこともある。
天ぷらの起源・語源の研究については平田萬里遠の『近世飲食雑考』に詳しく、17世紀末にポルトガルから伝来した料理である可能性が最も高い。当時伝来したものは現代のフリッターに近い揚げ物料理であったと思われ、日本人の好みに合わせて独自の形に変化していった。
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「てんふら」という名称で文献上に初めて登場するのは1669年(寛文9年)の『食道記』であるが、中国より伝来した「油で揚げる」という手法を用いた料理法は既に精進料理や卓袱料理などによって日本で確立されていたため、そうした料理の技法も天ぷらの起源に関わっている。それらの揚げ物料理と天ぷらの混同によって古くから起源・語源に混同が見られる原因となっている。
今日、日本の東西で「てんぷら」と言ったときに指すものが異なる場合があるのもこのためで、江戸時代より「てんぷら」は上方文化圏では魚のすり身を素上げしたもの(現在のじゃこ天に相当)、江戸文化圏では小麦粉を衣として纏わせ揚げたものを指した[4]。現代の天ぷらの料理法とほぼ同じものが詳細に明記された文献としては1671年(寛文11年)の『料理献立抄』や、1748年(寛延元年)に刊行された『歌仙の組系』などがある。